2024-12-27

普段の生活に(もっと)笑いを

皆さんはどんな人が怖いと、あるいは不気味だと感じますか。私は笑わない人にそう感じます。言葉と並んで笑いこそが人間と他の動物を分ける大きな違いであり、笑わない人間には人間らしさが感じられないからです。

以下は、笑いの効能について少なくとも頭で理解してもらって、皆さんにも普段の生活に(もっと)笑いを持ち込んでもらえればと願って、笑いについてのハシディズムのある教えをまとめてみたものです。

笑いには、異なる視点から物事を見るために、予測可能性や日常性といった凝り固まった枠組みから私たちを解き放ち、私たちの心を開き柔らかくしてくれるという効果があります。

何らかの理由でストレスを感じている時は、その苦境から自分を解き放つ機会がすぐそばにあることに気づかないことが多くなります。そして行き詰まり、恐怖に襲われ、パニックに陥ります。さらには恐怖とパニックが大きいほど、問題の解決策が見えなくなります。そして最終的には、恐怖がさらなる恐怖を生み、徐々に冷静さを失い、まるで溺れているかのように感じ始めのです。

このような苦境から自分を解き放つ方法のひとつが笑いです。笑いは心を軽くし、ストレスや緊張の束縛を解いて、以前は障害と絶望しか見えなかった所に新しい可能性を見るために私たちの心を開いてくれるものです。笑いはまた、硬直した予測可能な現実から私たちを解き放ち、意識していたよりも多くの選択肢と可能性へと私たちを開いてもくれます。

ただし、ひとつ注意すべきことがあります。外見上は同じように見えても大きな違いがある、冷笑的で表面的な笑いと健康的で生産的な笑いを区別することです。冷笑的で表面的な笑いが、人生は無意味で疎外されたものだという腐食した感情を表現するのに対して、健康的で生産的な笑いは、現実の制限された認識からの解放感を表現するものです。誰かを笑うかと誰かと笑うかの違いと言い換えることもできます。

PS: つながる

2024-12-20

壮大な勘違い

少し前までの私自身も含めて、多くの人はある壮大な勘違いをしています。それは自分のこと、特に自分にとって何が一番いいのかは、自分が一番よく分かっているという勘違いです。

自分が一番欲しているものが自分にとって一番いいものだという思い込みは考え直してみる必要があります。自分にとって一番いいものとは、欲していないけれども必要なものであることがよくあります。その代表的なものが人生で遭遇する様々な試練でしょう。

できることならば試練など避けて、「幸せ」ばかりが続く人生を送ることを自分だけでなく自分にとって大切な人にも願うのが普通ではないでしょうか。

これは例えて言えば、栄養について全く知らない子供がいつもお菓子ばかり食べていたいと願うのと基本的には変わりません。あるいは、運動などする代わりに、1日中家の中でゴロゴロしていることを願うのとも基本的に変わりません。肉体の健康と成長について学ぶことで初めて自分にとって何が一番いいのかが分かるのです。

同じことは頭の健康と成長についても言えるでしょう。例えば、本は一切読まずに、テレビの娯楽番組ばかり見ていたいと願い、実際にそうして生きているのが自分の頭の健康と成長にとってよくないことは少し考えるだけでも分かるはずです。

ところが霊的な成長はどうでしょうか。これははるかに厄介です。いわゆる「成功」、つまり自我の欲求が叶い続けるような人生だと、霊的なぬるま湯に浸かり続けることになり、結果として霊的な成長は望めません。

それでは自分の霊的な成長のためには一体何が必要なのかということになると、ただ考えただけでは答が出てきません。まずは意識の状態を変える必要があるからです。意識の状態を変えるとは、自我という幻想の自分に支配されてきた本当の自分を取り戻すことです。

どうやって本当の自分を取り戻すかを講座とコーチングで伝えているのが、一言で言えばこの私塾でやっていることです。

PS: 現在お申し込み受付中

PPS: つながる

2024-12-13

ハシディズムの教えをあえて一言でまとめると

この私塾で日本に皆さんに提供している講座とコーチングの土台になっているのは、ユダヤ教のハシディズムの教えです。こう聞かれただけで、どうかレッテル貼りはしないでください。

ハシディズムは、辞書的には例えば「ユダヤ教の神秘主義」とかと定義されていて、百科事典的にはこれにさらに細かい説明が続きます。しかしこれらは単なる頭の知識にすぎず、ハシディズムについては知ることができたとしても、ハシディズムそのものを知ることはできません。愛についてどれだけたくさんの本を読んで知識を蓄えていても、実際に愛を経験したことがない人は愛を本当には理解していないのと同じことです。

なぜ私がこの教えにここまでこだわるかというと、この教えに触れて、自分と人生とが革命的な変化を遂げたからです。ユダヤ人のように頭が良くなりますよだとか、金持ちになれますよだとかといった一種の「ユダヤ便乗商法」とは根本的に異なる教えです。自我の欲望を満足させるのでなく、本当の自分を取り戻し、それによって人生を有意義なものにするための教えだからです。今の自分と人生を劇的に変えたいと思っている人が、絶対数は少ないにしても、日本にも絶対いると確信しています。

膨大な量だけでなく、中身も深遠なこの教えの全体を仮に100だとすれば、私の講座とコーチングで伝えられるのはせいぜい10もいけばいい方でしょう。そしてこうした文字だけのブログ等で伝わるのはおそらく1ぐらいになるはずです。元の光が収縮していく様子を想像してみてください。

こうした制約を承知の上で、ハシディズムの教えをあえて一言でまとめてみると、少なくとも私自身が最も感銘・影響を受けたものとして以下の3つになります。

  • 肉体は本であり、魂は作家であり、人生は物語である
  • すべては善である
  • 僅かの光は多くの闇を蹴散らす

PS: つながる

2024-12-06

ユダヤ流有意義な人生

生まれてから、幼年期・思春期を経て、就職・結婚し、その後老化・引退し、死を迎えるまでの人生の段階を送るための確固たる指針を皆さんはお持ちですか、それともその場しのぎでしょうか。

そしてこうして人生の段階すべてを通してついて回る愛・健康・仕事・お金といった問題、そしてこれらの問題から生じる苦痛や苦難そして恐怖や不安といった試練に対処されるための確固たる指針をお持ちですか、それともその場しのぎでしょうか。

こうした人生の段階、そこについてまわる問題、そしてそこから来る試練のそれぞれに対する指針を知ってもらうことがこの講座の最初の目的です。そこから浮かび上がってくるはずの全体を貫く指針を通して、皆さんの人生が有意義なものなってもらうのが最終的な目的です。

この指針の元になっているのは、長年の伝統の中でその真理と有効性を証明してきたユダヤ流人生の知恵です。日本(語)では他では触れることにできない教えです。

今の自分と人生に輝きを感じられなくなってきたものの、輝きをどう取り戻していいか分からないでいる方にはぜひ受講してもらいたいと思っております。この講座でお伝えする教えも日本の「常識」とは大きくことなるものばかりですが、噛み締めて味わってもらうことで、その真理と有効性を体感していただけるはずです。

PS: 詳細・お申し込み