2024-08-30

ハシディズムの説話の力

この私塾「ユダヤ流人生の知恵」で皆さんに提供している講座とコーチングはハシディズムの教えに基づいていることはこれまで何度もお伝えした通りです。少なくとも私の理解では、この教えの目的は本当の自分を取り戻し意識の状態を変えることで有意義な人生にすることであると言えるかと思います。

この教えを学ぶ方法として最も一般的なのは知性を使うことです。もっと具体的には、先生が生徒たちに教えを口頭で伝えることです。単なる知識と違って、人生の知恵の場合、文字だけでは伝わらないことが多すぎます。生身の先生から口頭で教えを受けることの最大の利点の1つは、その先生の存在を感じることができるということです。別の言葉で言えば、その先生の霊的エネルギーを直感的に感じることができるということです。伝えようとしている教えを人生にどう体現しているかが霊的エネルギーとして直感的に伝わってくるのです。

これ以外の方法として説話があります。自分が伝えている教えを通して自分の意識を高めることになった賢者たちが、その人生の知恵を自らの思考・発言・行動に具体的にどう反映させているかということが子供でもすぐ分かるのが説話の力です。その力の秘密は、講義とは違って説話の場合、自我が身構え防御態勢に入ることがないので、そのメッセージが自我に浸透することになり、気づいた時には自我は茹で上がってしまうことにあるという説明をある高名なハシディズムのラビから聞いたことがあります。

多くの賢者たちの中でも、特に同世代そして後世に多大な影響を与えた Rabbi Menachem Mendel Schneerson (愛称「レベ」)にまつわる話を2つご紹介します。

生前彼はハバド派ハシディズムの7代目指導者としての激務を40年以上にもわたって務め続ける傍ら、80代になっても毎週1回日曜日に数時間ずつ、彼の深遠な知恵に基づいた助言を求めてやってくる数多くのユダヤ人だけでなく非ユダヤ人を毎回何百人と言葉を交わすということをずっと続けていました。これを見たある人がある時レベに「何時間も立ちっぱなしは疲れないか」と質問をしました。すると返ってきた答は「ダイヤモンドを数えるのに疲れる人はいるか」というものでした。

もう1つの話は、このレベがユダヤ暦の新年に吹く角笛を聞けば、子宝に恵まれなかった夫婦でも子宝に恵まれるという噂を聞きつけて、結婚後10年経っても子宝に恵まれなかったある男性が新年の祈りでレベの近くでこの角笛の音を聞こうと、レベが祈るシナゴーグに早々とやってきて、近くに席を取ります。当日祈りが始まると、レベは噂通り7本の角笛を抱えてシナゴーグにやってきます。1本目を取り出して吹こうとしたところ、まったく音が出ないのです。それで2本目を取り出して試してみたところ、また音が出ません。結局、7本どれも音が出なかったのです。自分の子供が欲しいという自分の願いが角笛をある意味窒息させてしまっているのではないかと危惧したこの男は、自分のこの願いを一旦捨てることにします。すると、レベの角笛から突然音が出るようになったのです。その後この男の妻はめでたく子供を生むことになります。1年後の新年にはお礼も兼ねて今度は夫婦で同じシナゴーグに行きます。この夫婦に子供が生まれたことを誰からも聞いていないはずのレベがこの赤ちゃんを見て言った言葉というのが、「この赤ちゃんが去年私の角笛のおかげで生まれた赤ちゃんか」だったのです。

ハシディズムの説話には古いものから新しいものまで、そして人生のおける様々なテーマについて、本当にたくさんあります。原文は主にヘブライ語で伝わっているこうした説話を少しずつ日本に皆さんにも日本語で紹介していけないものかと、目下その枠組を考えているところです。

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2024-08-23

トーラーの学びにおける第4の革命

* この投稿の主旨は、私がエルサレムで3年間ハシディズム(式心理学)を体系的に学んだ学校の校長で、私が直接教えを受けたラビたちの師でもある高名なハバド派ラビ Rabbi Yitzchak Ginsburgh の教えに基づくものです。

そもそも「トーラー」とは何なのかから話を始めましょう。一番狭い意味ではモーセ五書を、一番広い意味ではユダヤ教の教え全体を指します。例えばヘブライ語聖書を指す場合のように、全体両者の中間にあるいずれかの意味で使われることもあります。

こうした教えが現代日本に住む皆さんに一体どんな関係があると思われる方も少なくないかもしれません。当然とも言えるこの問に答えることになるのが、トーラーの学びにおける第4の革命ということになります。結論を先に一言で言うと、それがおおありなのです。なぜかということに興味をそそられた方は続きをお読みください。

第4の革命と言うからにはそれに先立つ3つの革命があったということになります。第1の革命はモーセ五書という形で文字にされて伝わってきたいわゆる「書紀律法」を補う形で口頭で伝わってきていたいわゆる「口伝律法」が文字化されたことです。第2の革命はトーラーを教えるが職業化したことです。第3の革命は今も進行中のもので、基本的な古典文献を除いては、伝統的には男性だけのものであったトーラーの学びの門戸が女性にも開放されるようになったことです。

そして今進行しつつあるのが第4の革命です。最初の3つの革命はユダヤ人だけに関わるものだったのに対して、この第4の革命ではトーラーの学びの門戸がユダヤ人以外にも開放されることになっただけでなく、そのためにユダヤ人は積極的に教えるべきだというものです。これはいわゆる宣教ではありません。

言ってみれば、私の直接の師たちの師のこの呼びかけに応える形で、「ユダヤ流人生の知恵」という名前の元に、日本の皆さんの人生も有意義なものにしてくれると確信した内容を講義・コーチングという形で伝えようとしています。

その門戸がユダヤ人以外にも開放されてしかるべしというトーラーの学びの中で中核をなしているのが、ハシディズムの教えです。これは口伝密教と言うこともでき、トーラーの教えの中で最も深遠な部分です。ただし、その性質上、ユダヤ人の間でもこれまではごく少数の人たちだけが、自分の師から口頭で教えを受けるということしかできない状況でした。したがって、トーラーを学ぶユダヤ人の間ですらハシディズムの学びが一般化しているとは言えない残念な状況が続いています。

それなのに、日本の皆さんにこうした言ってみれば「閉ざされた」教えをどうしてもお伝えしたいと強く願うようになったのは、まずは何より私自身がこの教えに触れることで革命的な変化を起こしたからです。もっと具体的に言えば、本当の自分を取り戻し、それによって意識の状態が高まり、さらには人生がこれまでとは比べ物にならないくらい喜びに溢れた有意義なものになりました。

ハシディズムは「トーラーの内面性」とも呼ばれています。例えば、トーラーの一番狭い意味であるモーセ五書を字面の意味で捉える代わりに、人間心理についての教えとして「翻訳」しているのです。この「翻訳」によって、トーラーの教えが普段の生活に応用できるようになります。これによって、トーラーの教えに生命力が与えられ、さらにはこの生命力によって、トーラーの教えが生きた人生の知恵として突然輝き出すようになるのです。

最後に、創世記の文章を「トーラーの内面性」に「翻訳」した例として、同じ Rabbi Yitzchak Ginsburgh による注解をご紹介してみます。

創世記を実際に読まれたことがない方でも、アブラハムという名前ぐらいは聞かれたことがあるはずです。ユダヤ民族の開祖とされている人物です。単純に考えると奇妙なことに、このアブラハムの人生についての詳しい記述が初めて出てくるのは、当時はまだアブラムと呼ばれていたアブラハムが75歳になった時でした。

創世記12章1節にはヘブライ語原文では לֶךְ־לְךָ֛ מֵֽאַרְצְךָ֥ וּמִמּֽוֹלַדְתְּךָ֖ וּמִבֵּ֣ית אָבִ֑יךָ אֶל־הָאָ֖רֶץ אֲשֶׁ֥ר אַרְאֶֽךָּ とあります。聖書協会共同訳では、「あなたは生まれた地と親族、父の家を離れ、私が示す地に行きなさい。」となっています。これを逐語訳すれば、「あなた自身に行きなさい、あなたの地から、あなたの生まれ故郷から、あなたの父の家から、わたしが示す地へ。」となります。字面の意味だけを考えて読めば、深く考えることもなく、読み流してしまうことになるでしょう。

逐語訳に従って、「トーラーの内面性」に「翻訳」してみると、以下のようになります。

  • あなた自身に行く: 本当の自分を見つける
  • (そしてそのためには以下から離れる)
  • あなたの地: 世俗的なこと(への関心)、つまり物欲
  • あなたの生まれ故郷: 生まれた時から慣れ親しみ習慣化してしまった結果、無意識にやってしまうということ、つまり一種のぬるま湯
  • あなたの父の家: (父とは知恵を表わす) -> 悪の知恵、つまり悪の性癖
  • (そして以下に行く)
  • わたしが示す地: 本当の霊性

つまり、魂という本当の自分を取り戻すためには、物欲を捨て、自分を世間のぬるま湯からあえて引きずり出し、悪の性癖を克服する必要があるということになります。どうでしょうか。こうなると、字面の意味だけからは創造もつかないような隠された深い意味があぶり出されてくるのを感じられるのではないでしょうか。そして「翻訳」されたこの教えだと、現代日本に生きる皆さんにとっても大きな関連性があるということにもなるはずです。

それでは具体的にはどうやって本当の自分を取り戻し、意識のレベルを高める、それによって有意義な人生にしていくのかということは講座とコーチングで詳しくお伝えしています。

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2024-08-16

ユダヤ流何事にも動じない方法

何事にも動じないようにするための究極の方法とでも言えるもので、私自身体験済みです。私たちが人生で経験することはすべては究極的には善であるという言われると皆さんはどう思われるでしょうか。そんな馬鹿なと思われるかもしれません。

しかしすべて人生の本当の目的である霊的成長につながるという意味では、すべては究極的には善なのです。このことが見えないのは、世界を見る自分の「眼鏡」が自我の思考という「汚れ」で曇っているだけなのです。

この講座ではこの信念が単なる頭だけの理解に留まらず、確信となって普段の生活と自分自身をも明るく照らしてくれるような実践的方法もご紹介します。具体的には以下のようなテーマを扱います。

  • 喜びが自然な状態である
  • 思考を切り替える
  • 心の持ち方を変える
  • 自我の幻想から抜ける
  • 心の平穏を得る
  • 「問題」の幻想から抜ける
  • 自我を手放し、魂を磨く
  • すべては善である

できるだけ多くの方にぜひ知ってもらいたいと強く願っている教えと実践です。

以下はまだエルサレムに住んでいた2022年3月にメンタリングとしてこの講座を提供した際に受けてもらった体験談です。ご本人の許可を得て、ここに再掲します。

体験談: 久保なつこさん

私はこのメンタリングを受けて、今までセミナーとコーチングを受けたのはこのメンタリングを受けるための準備に過ぎなかったのだという事をひしひしと感じています。

今まで受けたセミナーとコーチングも本当に素晴らしく、受ける前は人生がくすんでいたのに、受けた後では眩く輝く毎日がはじまり、そこから、この人生に何が起きても動じないメンタリングを受けて、受ける前の自分は死んでいた、いや死んでいる状況よりひどい地獄にいたんだなと実感しています。目の前にこんなに輝く毎日が広がっていたのに、全く見えていなかった過去の自分が哀れに思われました。それは衝撃、革命の内容でした。

今も、コーチとのやりとりを書いたメモを読むたびに、胸が熱くなり、喜びが胸の底から突き上げて来る感覚を覚え、また、読む日ごとに、見えてくる言葉の深い意味に毎日気付かされ一度受けただけなのに、それが継続的に私に人生の指針を示してくれ続けています。このメンタリングまで受ける事を全ての皆様にお薦めいたします。

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2024-08-02

出世競争に負け、人生に勝つ

以下は Rabbi Marc Angel の著書 Losing the Rat Race, Winning at Life の冒頭部分をまとめたものです。皆さんが人生の使命と目的を考え、ひいては人生を見つめ直すための参考になれば幸いです。私自身、少なくともイスラエルでは大学という職場が出世競争の場以外の何物でもなく、そこで定年までもう10年以上あくせくしている自分を想像できず、大学を早期辞職する決断を下す際にとても助けになった本の1冊です。

1 人生の本当の勝敗

  • 出世競争で負けなければ、人生に本当に勝つことはできない。
  • 人生をよく生きるとは、知恵を持ち、人生の意味を理性を超えて感じ、他者を愛し、共感し、助けることができることである。
  • これは、他人を負かすための戦いとして人生を見ないということでもある。

2 出世競争に捕われている人たちの特徴

  • 他人を負かすことに常にあくせくしている。
  • 嫉妬・欲・競争心に支配されている。
  • 人生の究極の意味が見いだせず、代わりに可能な限りの名誉・富・快楽を求めている。
  • しかし普通は邪悪でも腐敗しているわけではない。
  • 人生について深く考えることがなく、したがって自分の価値観と理想を守ろうとしなかったせいで出世競争に捕らわれるようになっただけである。
  • 社会が決めたレールに乗った人生を送るために自分の自由と自律性を放棄してしまっている。

3 出世競争の特徴

  • 外見・富・権力・人気・名声といった外面的なことに異常にこだわること
  • 人生は壮大な競争であり、他人に遅れることがあってはならないという思い
  • 他人が決めた規則を受け入れること
  • 自分の価値観を犠牲にしてまで周りに合わせようとすること
  • 責任ある選択をする自由を損なうような基準を自分のものにすること
  • 自分を昇進させるためなら倫理的基準を捨ててもいいと思うこと

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