これまでにも触れた通り、子供は自分に興味のあることだけに集中することができます。大人になるにつれて、少しずつこれはできなくなってきます。自分自身のため、あるいは周りのため、果たさなければいけない義務も少しずつ増えてきます。生計を立てるために仕事もしなければいけなくなります。そして人によっては子育てもあります。こうなると、自分の興味のあることだけに集中するということは少しずつ難しくなっていきます。
さらには、社会の集団自我にばかり耳を傾けていると、自分本来の魂の声は少しずつ埋められ掻き消されるようになっていき、しまいには自分が一体何に本当に興味があるのかすら忘れ、気がついてみたら、社会が決めたレールに沿った生き方になっていたという場合も少なくないでしょう。こうした場合に、自分に興味あることだけに集中している子供を見ると、大人である自分も埋もれていた魂の声を思い出しては、本当に興味あることをあらたに始めるきっかけにすることができるのではないでしょうか。
私たちの思考のほとんどは私たちの自由意志とは無関係に、言ってみれば自然に湧き出るようなものです。こうした思考は呼吸や消化に近いとも言えるでしょう。そしてこうした自然に浮かんでくる思考のほとんどは過去の後悔と将来の心配とに費やされ、実体がある唯一の時である今という瞬間は完全に忘れ去られてしまいます。
子供は今という瞬間に集中するという能力をまだ備えています。この点も子供から大人が学べる大切なことです。人生は肉体の支配を巡って魂(の「知性」)と自我(の「感情」)の間の絶え間ない戦いです。そしてこの戦場は今という瞬間であり、魂が自我に勝つためには、毎瞬毎瞬勝ち続ける必要があります。自我の最大の援軍は過去(の後悔)と将来(の不安)です。過去も将来も私たちの思考の中にしか存在せず実体のない幻想にすぎません。そして自我の最大の敵は今という瞬間です。子供の(時)のように今という瞬間に集中することで、それ自体が幻想である自我も行き場を失ってしまうのです。