2023年10月7日以降イスラエルが戦争状態になる直前の9月末に偶然にもイスラエルを一旦離れ、長期間の予定で移り住むことになった新天地の具体的な地名を皆さんにも明かす時が来ました。結論を最初に言えば、魂がこの肉体を借りた今回の人生の旅での最初の「駅」となる日本の秋田県由利本荘市(周辺の由利郡7町村との合併以前の当時は本荘市)です。もっと一般的な表現を使えば、生まれ育った場所ということになります。
以下のような転居を経て、42年半振りに住むことになります。
- 1963年3月~1981年3月: 秋田県本荘市
- 1981年4月~1985年3月: 大阪府箕面市
- 1985年4月~1987年7月: 京都府京都市
- 1987年8月~1987年9月: 秋田県本荘市
- 1987年10月~1993年7月: イスラエル・エルサレム
- 1993年8月: 秋田県本荘市
- 1993年9月~1994年3月: 東京都武蔵野市
- 1994年4月~1998年3月: 大阪府豊中市
- 1998年4月~2004年7月: 兵庫県神戸市
- 2004年8月~2023年9月: イスラエル・エルサレム
エルサレムには5年間の留学時代そして帰化以降を合わせて24年間住んだ計算になります。まさか、エルサレムを離れることになろうとは自分でも夢にも思いませんでした。
この新天地を明かせなかったのは、日本のビザ取得までは観光客として入国しているからという事情があったからです。このビザも昨日無事に取得し、在留カードも発行してもらいました。これで晴れて日本でも仕事ができることになりました。
エルサレムを一旦離れて、日本に移り住むことにした理由を一言で言えば、大いなる何かに導かれてということになります。努力は惜しまないけれども、最終的には人生が送ってくる合図に聞き従い、抵抗することなくその流れに身を任せるということです。これは今回初めて、それも身をもって経験しました。流れに身を任せると決めてからは、自分でも不思議なくらい、ストレスもなく滑らかな人生になりました。
2018年5月に経験した離婚が契機となって、ある覚醒を経験しました。その結果、大学全般、特に言語研究に対する興味を完全に失い、終身在職権までもらっていたイスラエルの大学での仕事を定年を待たずに辞めたのが2020年9月末のことです。
これに先立つ2年間は最後の有給休暇をもらい、離婚の危機が始まった時にエルサレムで受けて人生が変わったユダヤ式ライフコーチングを大学早期辞職後の新しい仕事にしようと、研修を受けました。その後満を持して、大学を正式に辞めた2020年10月に日本在住日本語話者向けにオンラインでのユダヤ式ライフコーチングを始めました。
結局、この自営業だけでは物価が日本の約2倍のイスラエルで生計を立てることは叶わず、今年1月からはイスラエルのAI関係の会社で言語屋としての会社勤めの仕事をずっと探してみましたが、これも見つからず、最後の手段として思いついたのが、日本で1人暮らしをする母と同居するというものでした。
当初は、生活費をどうやって節約するかという自分勝手なことばかり考えていましたが、42年半振りに母と同居することになるのであれば、支えたいと思うようになりました。これが個人的な「使命」です。今振り返れば、イスラエルで仕事が見つからなかったのは、この「使命」を引き受ける以外選択肢を残さないという「大いなる何か」の導きだったと思えてなりません。
せっかく日本に住むことになったので、エルサレムで体系的に学び、その後実践も心がけてきたハバド派ハシディズムの教えを「ユダヤ流人生の知恵」として広めたいと思っています。物理的に日本にいるのといないのとでは大きな違いがあるはずです。ユダヤ流人生の知恵を皆さんにご紹介する様々な講座を主に、これ以外にも新生ユダヤ式ライフコーチングをもと思って、以前から計画を温めています。この詳細は来週ここでお知らせする予定です。
* 写真は由利本荘市の中で今住んでいる地区で早朝に撮ったものです。