2024-07-26

意識の地図

すべての人に共通である人生の目的としての霊的成長を測るためひとつの方法として、自分の意識の段階つまり霊的波長を測るということが考えられます。その指標として David R. Hawkins がその一連の著作の中で提唱している「意識の地図」を簡単にご紹介したいと思います。

この根幹をなすのが以下のような17の意識の段階です。これらのうち最初の8つは幻想の自分に支配された段階で、残り9は本当の自分が支配的になっていく段階です。ただし、これは自分と他人を比較して、優越感あるいは劣等感を抱くためのものではありません。あくまで、自分が今どんな状態にあり、今後まだどんな成長の余地が残されているかを確認するためのものです。

  1. 罪悪感
  2. 無関心
  3. 悲しみ
  4. 恐れ
  5. 欲望
  6. 怒り
  7. 自慢
  8. 勇気
  9. 中立
  10. 意欲
  11. 受容
  12. 理性
  13. 喜び
  14. 平安
  15. 悟り

それぞれの段階の詳しい説明は例えば彼の著書 The Map of Consciousness Explained に譲るとして、これら17の言葉だけからご自身の意識の段階はどれになるのかということを想像してみてください。

この意識の地図は他のことにも応用が可能で、彼はこの本の中で依存症の本質そしてその発生と解決のメカニズムを、専門である医学の視点からではなく、この意識の地図を使って霊的視点から説明しています。以下ではそれぞれを簡単にまとめてみました。

依存症の発生メカニズム

依存症の人が依存するのはアルコールとの物質ではなく、真の自己の経験です。例えばアルコール依存症の人がアルコールを摂取するのは、意識の段階を高めようとしてのことです。例えば第5段階の恐れにある人がアルコールを摂取すると第15第階の喜びを一気に経験することができるようになります。ただし、この変化が引き起こされるメカニズムは、一時的に低い段階の意識が塞がれると高位自己が経験できてしまうというだけのことです。

確かに始めはこの摂取に効果があります。効果がなければ、誰も摂取しないでしょう。しかし繰り返し摂取し続けていくと、効果がなくなっていきます。人工的に作られた経験だからです。それどころが、逆の経験を生み出すようになります。意識の段階を登るには、まずは現実を受け止めることから始める勇気が必要だったのです。

依存症は霊的覚醒のひとつの方法です。この意味では依存症を恥じる必要はありません。アルコール等の摂取によってもたらされたのは、太陽を覆っていた意識の低い段階から発するエネルギーが取り払われ、太陽が元の輝きを取り戻した状態です。一旦この経験を味わってしまうと、それを取り戻すためにはどんなことでもするようになります。これは依存症を経験したことがない人には分からないことです。

依存症の解決メカニズム

依存症を解決する必要があるのは、それ自体が悪いからというよりも、その効果がなくなっていくからです。依存症が進行するにつれて、自尊心も失われ、本来塞がれているはずだった意識の低い段階のエネルギーがまた頭をもたげてくるようになり、病気・離婚・解雇といった人生の辛い経験をするようになります。こうなると悪循環に陥り、多くの人は依存症という事実を否定するようになります。

解決のための最初の1歩は敗北宣言のように見えるかもしれませんが、依存症という事実を認めることです。この第1歩を踏み出せるようになるのは、普通は落ちるところまで落ちないとできません。しかし一旦この第1歩を踏み出すことで、意識の段階は第9段階の勇気まで一気に上昇します。したがってこの1歩は依存症解決のためには決定的な重要性を持つ1歩であると言うことができます。

個人的感想

アルコール依存症とそれに起因する喪失、そして問題の解決とそれに伴う覚醒を直接体験した後でこの文章を読むと胸が詰まります。特に、この問題が最大の原因の1つとして私の元を去っていった元妻を含め、アルコール依存症ではない周りの誰からも理解されなかったことを思い出すと、胸が痛みます。しかし他方で、アルコール依存症に陥った本当の理由は自分の霊的波動を高め、それを維持したかっただけなのだと聞かされると、心も休まります。

もちろん、誰かを恨むとかは全くありません。それどころか、アルコール依存症という苦難を経験できたことに対して深い感謝の念すら感じます。私と同じようにアルコール依存症を解決した人の多くからも同じ言葉を聞きました。ただ、これも同じ経験をしていない人には理解できないものかもしれません。

そしてこのこと、つまり直接体験をしないことには本当には理解できないということは他の試練にも当てはまるのでしょう。

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2024-07-19

人生の使命と目的

とても気に入っているハシディズムの教えのひとつに、誰にとっても人生で最も大切な共通の2日があるというものがあります。これまで講座・コーチングを受けてもらった方々の一部にはお話しました。それ以外の皆さんは、どの2日が人生で最も大切なのか、そしてそれはなぜなのかということを今考えてみてください。そして答が出てきたら、この続きを読んでください。

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まずは生まれてきた日です。なぜかというと、言ってみればその日はあなたがいなければ世界は成り立たないと宇宙が決めた日だからです。次にはなぜ生まれてきたのかが分かった日です。なぜかというと、この日を境に、人生という旅の行き先がはっきりした日だからです。この行き先は人生の使命と目的と呼ぶことができます。

この両者には違いがあります。人生の使命とは対外的なもので、社会・世界にどんな貢献をするかになります。これに対して、人生の目的とは対内的なもの、自分をどう霊的に成長させるか、具体的には自分のどんな徳を高め磨くかになります。例えば、忍耐力や思いやりとかがその例になるでしょう。

1人ずつ決まっている人生の使命と目的は、魂が人生でどんな肉体を借りるか、そしてどんな人生を経験するかを決めるとされています。逆に言えば、人生の使命と目的を知っていれば、人生で遭遇する経験を最大限活用するような人生の賢い選択が可能になるということにもなります。ここで注意する必要があるのは、使命と目的をそれらを叶えるための手段や方法と混同してしまわないことです。

皆さんは自分の人生の使命と目的はもうお分かりでしょうか。中々難しいですよね。これらを見つけること自体がある意味で人生の目的でもあるとすら言われています。

かく言う私自身、自分の人生の使命が分かったのは、2017年11月から10週間合計50時間、当時まだ住んでいたエルサレムでユダヤ式ライフコーチングを受けることででした。これによって、それまでの人生を根本的に見直す機会になりました。もっと具体的には、大学で言語の研究をすることは、自分の人生の使命ではないだけでなく、それを叶えるための手段や方法ですらないことまでが突然はっきりを分かったのです。

それで結局大学は早期辞職して、このユダヤ式ライフコーチングを日本に住む日本語話者を対象にオンラインで伝えるという仕事を始めました。当初はこれが使命だと錯覚していましたが、その後これはひとつの方法であることに気づき、昨年9月末に日本に一旦移り住んでからは、ユダヤ流人生の知恵というオンラインの私塾を立ち上げ、このユダヤ式ライフコーチングだけでなく、ユダヤ流人生の知恵を様々な視点からご紹介する色々な講座も始めることになりました。そしてこのユダヤ式ライフコーチングでは、私自身も受けた通常8回のものだけでなく、色々な質問を人生の使命あるいは目的を見つけてもらうことを目指した単発のコーチングも提供しています。

人生の目的の方は分かったのが実は何と今月初めの土曜日でした。日がまだ長い夏の間の土曜日の日没前の1時間、1人自然の中を散策し、黙考するというここ3年来の毎週の習慣の途中で、自分の人生の目的を表す2語が突然ひらめいてきたのです。これら2つの徳を高め磨くことが人生の目的ということになります。

これら2つの人生の目的という観点からこれまでの人生経験をずっと見直してみると、繰り返し起きるあるパターンがあることをすぐに気づいただけでなく、これらの目的を叶えるために最適化されたものであることも分かり、人生はうまくできているものだと大きな感動すら覚えました。

人生の使命が分かった時には、人生という旅の視界が良好になったことを覚えていますが、今回人生の目的も分かり、視界はさらに明瞭になった気分です。

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2024-07-12

頭の知能(指数)・心の知能(指数)・魂の知能(指数)

単に知能(指数)と言うと、頭の知能(指数)を指すのに対して、心の知能(指数)、そして魂の知能(指数)というものが提唱されています。心の知能(指数)の方は聞かれたり読まれたりしたことがある方も少なくないはずですが、魂の知能(指数)の方は馴染が薄いかもしれません。

魂の知能(指数)という考え方に初めて触れたのは今から約6年前になり、それから当時色々探してやっと見つかった数少ない英語の本を貪るように読んだことがあります。

しかしこれら3種類の知能(指数)はそれぞれ独立した「点」として私の中では存在してきました。それが、先週と今週教えることになったある2つのことを準備している際に、突然これらの「点」が1本の「線」としてつながっただけでなく、それぞれの「点」が「面」になるような洞察を得ました。

頭の知能の代表的なものの1つは言語能力でしょう。具体的には、聞く・話す・読む・書くという4つになります。これに対して、心の知能の代表的なものとして、言語能力に対応するのがコミュニケーション能力になるはずです。聞く・話すに対して、やりとりするということになるでしょう。

そして対人関係におけるやりとり、つまりコミュニケーションにおいて、言語(能力)は核にはなるものの、それだけでは有意義なやりとりには不十分で、もっと大切な能力がいくつもあります。例えば、そのひとつである共感力を考えてもらえば、これが心の知能であることは分かっていただけるはずです。さらには、心の知能は頭の知能の上に成り立っている、つまり両者は階層になっているのではないかということも思い浮かびました。

さらには、心の知能の上に成り立っていると考えられるのが魂の知能です。これも動詞1語であえて表せば、つながるになるでしょうか。相手と本当につながるためには、言語コミュニケーション・非言語コミュニケーションを超えたものが他に必要になるのは何となく想像してもらえるのではないでしょうか。

最後に、頭の知能(指数)・心の知能(指数)・魂の知能(指数)、具体的には聞き話す・やりとりする・つながるという3つの階層を、様々な対人関係の中でも親子関係と並んで大切な夫婦関係に当てはめて考えてみましょう。

母語あるいはそれ以外の言語であっても、ある言語を共有する、つまりその言語で聞いたり話たりすることに全く問題がない男女が初めて会ってやりとりする場合、言語能力だけでは初対面ですら不十分であり、その後交際を続け、結婚に至り、結婚生活を続けていく場合はさらに不十分であることは、ご自身の経験からも簡単に想像してもらえるはずです。

夫婦間でやりとりができていれば、つまり心の知能のレベルで満足できていれば、それで結婚生活は満足だという方も少なくないかもしれません。でもそういう方たちの場合、魂の知能のレベルでの満足感もあることを知らずにいることもありそうです。

例えばハシディズムが教える有意義な結婚生活における究極の目標は夫婦が魂のレベルで本当につながることです。この目標に至るための様々な具体的な教えがあり、その多くは日本で常識とされていることと反することですが、聞いてもらえれば、なるほどとうなずかされるものばかりです。

こうした様々な具体的な教えをあえて一言でまとめれば、夫婦が本当につながるために必要なのは、両者を物理的・知的・感情的・霊的に隔てる有形無形の障害物を取り去ることです。

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2024-07-05

ある問題を引き起こしたのと同じレベルの意識のままではその問題を解決することはできない

このような主旨のことをかのアインシュタインが言っています。頭だけの理解だけではなく、自分の(それも痛い思いをして得られた)直接体験の後ではこの言葉の重みがはるかに増します。

この言葉通り、まだエルサレムに住んでいた頃にある大きな内的問題を抱え、それが自分だけでなく周囲にもさらなる問題を引き起こすようになって、外圧もあって受けた心理カウンセリングは、今思えば、この問題を引き起こしたのと同じレベルの意識のままでその問題を解決しようとするものでした。結局、問題は悪化し、カウンセラーももうお手上げで、もう来るなと言われて、1年半続いたこの心理カウンセリングはあっけない終わりを迎えました。

偶然にもその直後に同じくエルサレムで受けることになったグループでのユダヤ式ライフコーチングは、これまた今思えば、まずは意識のレベルを変えることで問題解決のための土台作りをすることから始めるもので、10回のセッションで自分でも驚くような変化が訪れることになりました。そしてこの変化に感動して、このコーチングの元になっているユダヤ教のハシディズム、より正確にはその心理学をエルサレムの特別な学校で3年間体系的に学んだことはこれまでにもお話しした通りです。

こうした直接体験を経た後では、意識のレベルは変えないまま、その低いレベルの意識が引き起こした問題を解決しようとしている人たちに遭遇してしまうと、他人事ながら、とてももどかしく感じてしまいます。そしてこのもどかしさは三重のものでもあります。

まずは、自分の意識のレベルをまずは変えなければ、問題の根本的な解決にはつながらないことをこうした人たちは気づいていないとしか思えないことに対するもどかしさです。次に、自分の意識自体が問題であるということにもおそらく気づいていないことに対するもどかしさです。最後に、この2点を言葉で説明しても、本当には理解してもらえないことに対するもどかしさです。

この問題は個人だけでなく社会集団にも見受けられます。後者の例のひとつがエスペラント運動です。運動自体にはそれほど深くかかわってはいなかったものの、その中核となるエスペラント語には大学勤務時代かなり深くかかわっていました。ユダヤ式ライフコーチングを受け、さらにはその元になっているハシディズムを学んだ後では、この運動ももどかしくおもえてならなくなりました。

エスペラント語の提唱者であるザメンホフが考えたエスペラント運動の究極の目的である人類の統合の最大の障害にになっているのは、皮肉にもエスペラント語そのものであるという思いは増す一方です。

ザメンホフが考えたように、人類を分断しているものが言語だとすれば、言語をもってしてはこの問題を根本的に解決することはできないのです。理想はともかくとして、少なくともこれまで私が直接体験してきた限りでは、エスペラント語を通してエスペラント運動というあらたな集団自我を生み出してしまったにすぎないのです。

レッテル貼りという言語の闇の部分を意識し攻略しないかぎり、いくら「中立的」言語を考案して使ったとしても、人類の統合は見果てぬ夢のままに終わってしまいます。実際、個人のエスペランティストたちによる個人的・集団的レッテル貼りはは直接的にも間接的にも何度も何度も遭遇してきただけでなく、エスペラント運動の世界的組織がマスゴミのプロパガンダを盲信してある集団を悪魔化していることを最近目撃しました。

ザメンホフは当時のロシア帝国領内では珍しかったユダヤ啓蒙主義者の父を持っていました。つまり一種の理性盲信者でもあったわけです。当時すでに広まっていたハシディズムという理性を超越する教えに触れることができていれば、彼の言語観も根本的に変わっていたかもしれません。

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