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人間とは基本的に利己的な生き物であり、弱肉強食・適者生存が人生の原動力であるように見えるかもしれません。つまり、あなたは自分の面倒を見なければ、他の誰もあなたの面倒は見てくれないということです。
こうした人生観からすれば、少なくとも短期的には、他人に与える側に回るより、他人からもらう側に回った方がはるかに自分のためになるように思えるかもしれません。
しかし長期的にも同じことが言えるのでしょうか。愛や気高さといった美徳は弱肉強食・適者生存の世界には居場所がないのでしょうか。
こう考えてしまう人にはある大切な観点が欠落しています。もらい手とは幻想の自分(=自我)であり、与え手とは本当の自分(=魂)であることを思い出してください。もらい手から与え手に変わる時、人は創造者になるのです。
他人に与えることは、その人にもたらす恩恵よりもより大きな恩恵を与える本人に生み出すのです。それは健全な自信と安心感であり、これらを通して自分の潜在能力を最大限に発揮できるようになるのです。
他人に与えることは、その人にもたらす恩恵よりもより大きな恩恵を与える本人に生み出すのです。それは健全な自信と安心感であり、これらを通して自分の潜在能力を最大限に発揮できるようになるのです。
物質世界を重視する限り、恐怖と不安は続きます。あなたは状況の犠牲者であり続け、物質主義の気まぐれな性格に自分を従わせることになるでしょう。
人間の自我的価値観は刹那的で、常に移り変わりますが、霊的価値観は永遠です。霊的価値観とつながれば、人生の些細なことも怖くなくなります。恐怖や不安を、邪魔なもの、不自由なものだとは思わなくなり、有意義な人生を送るために克服しなければならない課題だと思うようになるのです。どんな戦いでも、勝利の半分は敵を理解することであり、恐怖の根源を理解すれば、それを克服するための道筋が見えてきます。
しかしすべての恐怖や不安から解放されるわけではありません。それらは人生の一部なのです。しかしそれらは、あなたの人生で何かが狂っている、つまり何かがあなたの目標達成を妨げている印としてとらえる必要があります。だから恐怖や不安を自覚した時は、落ち込まずに、その状況を改善するようにしましょう。
落ち込みから抜け出すには、自分の考え方に新鮮な視点を導入する必要があります。破壊的な思考を建設的な思考に置き換える必要があります。「良いことを考えれば、きっと良いことがある」という伝統的なハシディズムの教えがありますが、これは愚かな楽観主義ではなく、一見悪い状況に見えるものでも、その中にある良さを認識し、恐怖と戦うことは困難を克服することであると認識することなのです。
恐怖に圧倒されているように思えても、魂があなたに語りかける時間を見つけてください。最初は恐怖のために魂の声が聞こえないかもしれません。しかし忍耐強く根気よく続けてください。恐怖や不安は中途半端な言葉には反応しないからです。
お金や権力や虚栄心は何の価値もない場所に来ているところを想像してください。その場所とは今ここです。あなたが恐怖の目を見つめた瞬間に、それは崩れ始めるのです。あなたの知性であなたの感情を手懐け、あなたの魂であなたの恐怖と不安に打ち勝ちましょう。
恐怖には多くの原因があります。もしかしたら、子どもの頃に信頼関係を壊されたのかもしれません。トラウマが消えないのかもしれません。そして人生の目的と方向性を考えたことがなく、行き当たりばったりで生きていれば、当然、恐怖と不安が根を張ってしまうものです
人間の不安のほとんどは消滅への恐怖から来ています。つまり自分の周りの世界、自分が慣れ親しんできた世界を失うことを恐れているのです。例えば、おもちゃを1つしか持っていない子供は、それを取り上げられると必ず泣いてしまいます。それと同じように、物質世界を唯一の世界として認識している人はそれが自分の知っているすべてであるため、それを失うことを恐れるはずです。
物質主義はその性質上はかないものです。昨日食べた食べ物は今日なくなります。今日稼いだお金は明日には使われます。苦労して手に入れた地位や権力も一瞬にして消えてしまうことがあります。こうした一時的な基盤の上に人生が成り立っているのに、どうして安心できるというのでしょうか。
物質的な世界を優先させることは恐怖と不安の究極の原因です。子供の頃の恐怖を捨て去ったとしても、全く新しい恐怖が生まれます。暗闇を怖がる代わりに、十分なお金を稼げないことに怯えるようになったり、仕事を失うことに怯えるようになったり、十分な成功を収められないことに怯えるようになったりします。
お金・仕事・社会によって人生を決められると、他人から受け入れられないことを強く恐れるようになるのです。その結果、目立つことを恐れ、他人にどう見られているかを恐れ、人から馬鹿にされることを恐れ、自分の選択を尊重してもらえないことを恐れるのです。
こうした恐怖がどれほど空虚なものか少し考えてみてください。人間は本来気まぐれなものです。気分は変わり、態度は変わり、価値観は変わります。ですから、他人に受け入れられるかどうかを心配している時点で、あなたは自分の幸せと安全を、不機嫌な上司や気難しいクライアントなど予測不可能な人たちに委ねていることになります。そうなると、あなたは常に他人を喜ばせるために多大なエネルギーを費やしていることになります。朝と昼と夜とでは別人になろうとすらしているのです。これでは不安で心が休まらないのも無理はありませんね。
他人が自分をどう見るかを恐れて、自分の価値観や基準を妥協してはいけません。これは人生で最も困難な課題のひとつです。誰に受け入れられるのを目指すのがいいのでしょうか。自分の基準を常に変えるような人たちからでも、自分自身が他人から受け入れられるかどうか心配な人たちからでもなく、あなた自身だけから受け入れられる必要があるのです。