2025-12-05

ユダヤ流有意義な人生 第14章 恐怖と不安 その2 恐怖と不安はどこから来るのか

恐怖には多くの原因があります。もしかしたら、子どもの頃に信頼関係を壊されたのかもしれません。トラウマが消えないのかもしれません。そして人生の目的と方向性を考えたことがなく、行き当たりばったりで生きていれば、当然、恐怖と不安が根を張ってしまうものです

人間の不安のほとんどは消滅への恐怖から来ています。つまり自分の周りの世界、自分が慣れ親しんできた世界を失うことを恐れているのです。例えば、おもちゃを1つしか持っていない子供は、それを取り上げられると必ず泣いてしまいます。それと同じように、物質世界を唯一の世界として認識している人はそれが自分の知っているすべてであるため、それを失うことを恐れるはずです。

物質主義はその性質上はかないものです。昨日食べた食べ物は今日なくなります。今日稼いだお金は明日には使われます。苦労して手に入れた地位や権力も一瞬にして消えてしまうことがあります。こうした一時的な基盤の上に人生が成り立っているのに、どうして安心できるというのでしょうか。

物質的な世界を優先させることは恐怖と不安の究極の原因です。子供の頃の恐怖を捨て去ったとしても、全く新しい恐怖が生まれます。暗闇を怖がる代わりに、十分なお金を稼げないことに怯えるようになったり、仕事を失うことに怯えるようになったり、十分な成功を収められないことに怯えるようになったりします。

お金・仕事・社会によって人生を決められると、他人から受け入れられないことを強く恐れるようになるのです。その結果、目立つことを恐れ、他人にどう見られているかを恐れ、人から馬鹿にされることを恐れ、自分の選択を尊重してもらえないことを恐れるのです。

こうした恐怖がどれほど空虚なものか少し考えてみてください。人間は本来気まぐれなものです。気分は変わり、態度は変わり、価値観は変わります。ですから、他人に受け入れられるかどうかを心配している時点で、あなたは自分の幸せと安全を、不機嫌な上司や気難しいクライアントなど予測不可能な人たちに委ねていることになります。そうなると、あなたは常に他人を喜ばせるために多大なエネルギーを費やしていることになります。朝と昼と夜とでは別人になろうとすらしているのです。これでは不安で心が休まらないのも無理はありませんね。

他人が自分をどう見るかを恐れて、自分の価値観や基準を妥協してはいけません。これは人生で最も困難な課題のひとつです。誰に受け入れられるのを目指すのがいいのでしょうか。自分の基準を常に変えるような人たちからでも、自分自身が他人から受け入れられるかどうか心配な人たちからでもなく、あなた自身だけから受け入れられる必要があるのです。

PS: つながる