2026-01-30

人生の使命と人生の目的

私がエルサレムで学び、ユダヤ流人生の知恵として「蒸留」した形で日本にも伝えようとしているハシディズムの教えによれば、皆に共通の、人生において最も大切な2日があります。その1日は生まれた日で、もう1日はなぜ生まれたかが分かった日です。

そんなに大切な日ならば、生まれる際に、例えばへその緒にでも、なぜ生まれきたかを書いていてもらえればありがたいように思えますが、その答を自分で見つけること自体も大切なのです。課題に取り組んでいる際に、答を誰かから教えてもらう場合と自分で見つける場合とではありがたみが違うのと同じことです。

なぜ生まれてきたかには2種類あります。人生の使命と人生の目的です。簡単に言えば、人生の使命とは、世のため人のために自分に何ができるかで、人生の目的とは、例えば忍耐と共感といったように、どんな徳を高めるかです。

どちらも大切な問ではあるものの、大切であるがゆえもあって、その答にたどり着くのは簡単ではありません。実際、多くの人はこの2日目を迎えることなく人生を終えてしまっています。

かく言う私自身、人生の使命に気づいたのは今からちょうど7年前にエルサレムでグループで受けたユダヤ式ライフコーチングのおかげでした。これに照らし合わせて当時まだ勤めていたイスラエルの大学の仕事をあらためて見直してみると、それは人生の使命を果たすための手段・方法ですらないことに気づき、あっさりと大学を早期辞職したことはすでにお話した通りです。

人生の目的の方は、今から1年半ほど前に自然の中を1人散策していると、突然2つの言葉が言ってみれば「降りて」きました。そしてこれに照らしてこれまでの人生の試練をこれまた見直してみると、とても理にかなっていることがはっきりしました。

いわゆる「成功」つまり自我の願望を叶えることが人生の目的であるとか、他の人たちにそれを叶えてあげることが人生の使命であるとかと思って頑張っている人たちを見ていると、とても歯がゆい思いです。

もちろん、自我の願望を叶えたり、叶えてあげたりすることがそれ自体悪いことだというわけではありません。でも、これらを人生の目的と人生の使命にしてしまうのは、壮大な勘違いになってしまうことになるのです。そしてそのことに人生最後の日に気づいてしまったとしたら、後悔しても後悔しきれないことは想像にかたくありません。

こう書くだけだと、恐怖を煽っているだけにも受け取られかねないので、人生の目的と人生の使命を見つけてもらうためのライフコーチングも提供しています。私自身、もっと若い頃に受けておきたかったと思う反面、様々な人生体験を経た後でなければ、本当には理解できなかったかもしれないとも思わざるをえません。

PS: つながる

2026-01-23

生きた言葉と死んだ言葉

私の瞑想の最初の先生に当たる人が自分の先生の新刊の冒頭に寄せていた言葉が今でもときおり頭に浮かんできます。彼は言語学者でないにもかかわらず、あるいは言語学者でないからこそ、言語の本質を見抜いた言葉だという思いが強まる一方だからです。この言葉というのは、言葉には生きた言葉と死んだ言葉があるというものです。

これら両者の違いを私自身の経験と自省に基づいて簡単な言葉で言い換えれば、生きた言葉とは心あるいは魂にまで響き染みわたる言葉であるのに対して、死んだ言葉とは頭だけで止まってしまう言葉ということになるでしょう。

さらに、そしてかなり乱暴な一般化をして、言い換えれば、少なくとも私にとっては、生きた言葉とはそれに触れた人の人生の知恵を培ってくれるものであるのに対して、死んだ言葉とは知識が増えるだけで終わる言葉です。

この差はどこから来るのかというと、生きた言葉は実際の人生体験に基づいているのに対して、死んだ言葉は実際の人生体験に基づかず、頭だけで考えたものだというものだというのが、これまで両者の言葉を観察し続けての結論です。

例えば、愛を実際に経験したことがない人が、いくら愛について言葉を尽くして語っても、それが精巧であればあるほど、少なくとも私には虚しく響きます。同じことは特に人生において本当に大切な多くのことにもあてはまるでしょう。

死んだ言葉が何かについて語っていることが多いのに対して、生きた言葉は何かそのものを語るのが普通です。こう考えると、大学時代に生き残りをかけて書き続けざるをえなかった研究論文は、死んだ言葉を量産し続けてきたことだと今では思わざるをえません。

ここで言う死んだ言葉とは、言ってみれば食品サンプルのようなものです。サンプルは本物ではないにもかかわらず、それが精巧であればあるほど、それを作った本人も、そしてまわりも、それが本物の食品だと勘違いしてしまう危険性があります。

挙句の果てには、こうした死んだ言葉をまとめて本にしたものが賞をもらったりしているのを何度も見ると、毎回複雑な思いにかられてしまいます。特にこうした本が扱っている内容というのが、私自身が直接体験をし続けていることで、著者は直接体験していない、あるいはできない場合、私の思いはさらに複雑なものになります。

もちろん、知識がすべて悪いというわけではありませんし、知識を得るための読書は今でも続けています。でも、直接体験に基づかずに、頭だけで考えて、何かについて書かれた知識とはあくまで食品サンプルにすぎないことは常に忘れないようにと自分にいつも言い聞かせています。そしてその現物を食べる機会があるのであれば、当然ながらそれを優先しています。

PS: つながる

2026-01-16

対比によって得られる明確さ

ハシディズムの教えに「闇から出た光は、光から出た光より明るい」というものがあります。この教えは何通りもの解釈が可能ですが、人生に当てはめてみれば、「試練を克服した結果手にした成果は、何もしないでそのまま手にした成果よりもありがたみがある」と解釈することが可能です。

そしてこの解釈の究極の例は、魂が肉体を借り、自我を抱き合わせられて、この物質世界にやってくることで経験することから得られる学びと成長の大きさです。

ここから分かるのは、人生の様々な分野で、対比によってこそ明確さが得られるといういうことです。そして究極の対比は闇と光だということになります。

ある分野で、ひとつしか選択肢を知らないまま生き続けるということは、例えて言えば、生まれ育った洞窟から出たことがなく、その洞窟が全世界だと思っているようなものです。そしてこの洞窟自体が比喩です。こうした「洞窟」の代表例を考えてみましょう。

まずは言語です。母語だけしか知らずに人生を送るのと、母語以外の他言語を1つでも学ぶのとでは、世界が見える明確さが根本的に変わってきます。言語はそれぞれ世界を違った形で分節します。分かりやすい例えで言えば、本来無限の色がある虹は何色かというのは、言語で違っているのです。

ただし、1つの他言語だけで満足してしまうと、2つの言語だけの対比にとどまってしまうので、2つ以上の他言語を学んだ場合に比べると、言語間の対比から得られる明確さはかなり劣ります。例えば、英語しか他言語を知らない日本語母語話者と、英語以外の他言語も知っている日本語母語話者とでは、それぞれの視野と視点には量的にも質的にも大きな違いが出てきます。

この違い自体も対比によって気づかされたことです。それは、様々な言語の先生や研究者を観察することが結果として対比につながったことでです。

一般に、英語の専門家は英語だけで満足してしまい、英語以外の他言語を学ぶ場合はまれになってしまいます。これに対して、変わった言語の専門家ほど、大言語から小言語まで様々な他言語を学んている可能性が高まる確率が高まることも経験的に学びました。

複数の言語を学び、知ることによって可能になる対比によって得られる明確さは、言語以外の様々な分野にも当てはまります。今すぐに思いつく例としては、文化、同じ分野についての教え、同じテーマについて本が挙げられます。

文化については、言語との類推でおそらくすぐに分かっていただけるでしょう。一言だけ簡単に補足説明すれば、生まれ育った日本文化しか知らない人よりも、それ以外の文化を直接体験した人の方が、それぞれに文化がよく見え、分かるようになるということです。

ただ、現実問題として、複数の言語を学んだり、複数の文化を直接体験することは誰もができるわけではないことも真実です。でも、同じ分野について存在している教えは1つだけに限定せずに複数に触れてみるとか、同じテーマについて書かれた本は1冊だけに限定せずに複数読んでみるとかは、多少の努力と時間を惜しまなければ、誰にでもできることでしょう。

これによって得られる対比、そしてその対比から得られる明確さは、投資した努力と時間を大きく上回るものです。この点自体、対比によって得られた明確さです。

PS: つながる

2026-01-09

学んで本当に良かったと思える言語とその使い分け

まだ言語学者をやっていた頃、仕事を尋ねられて、「大学で言語学を教えています」と答えると、決まってさらに尋ねられるのが「いくつ言語を学ばれたのですか」という問でした。「言語を研究するためにはたくさんの言語を学ばなければいけない」という思い込みが多くの人にあるようで、この同じ問にうんざりするようになってからは、「50です」とかといった大げさな数字で答えると、相手は満足してくれているのが見て取れました。(笑)

実際に学んだ言語の数である「13」と答えてしまうと、今度は「どの言語ですか」とさらに聞かれることが予測できるようになってからは、一々全部の言語の名前を挙げるのは怠けて、答をはぐらかすようにもなりました。今から思えば、これらの言語の名前にした一覧を紙に書いて、それを見せるようにしていたらよかったかもしれません。(笑)

皆さんももうご自身の経験からお気づきの通り、他言語・多言語を学ぶのは簡単ではありません。でも多くの人が気づいていないかもしれないのは、他言語・多言語の運用力を維持するのはもっと厄介だということです。

こう考えると、使い道のない言語を維持するために時間とエネルギーを使い続けるのは無駄な投資だということになりますし、そもそも使い道のある言語は維持するために特別な時間とエネルギーを使わなくても、自然に維持できるだけでなく、その運用力が増していくことも自然な結果です。

私にとって言語の一番の使い道とは、その言語で蓄積された(そして増え続けている)知恵や知識の存在です。特に、その言語で書かれた本が伝える知恵や知識が他の言語では得られない場合、その言語の価値は飛躍的に高まります。仮に、その一部は翻訳で読めるとしても、その言語の音は失われてしまいます。

私が学んで本当に良かったと思える言語は4つあります。ヘブライ語(より正確には古典ヘブライ語で、現代ヘブライ語は含みません)、イディッシュ語、英語、ロシア語の4つです。そしてこれらの4つは使い分けています。これら4つの言語を通して得られた(そして得続けている)知恵と知識がなかったなら、私の人生はもっと味気ないものになっていたでしょう。

大雑把に言うと、古典ヘブライ語とイディッシュ語とは知恵を得るために、英語とロシア語は知識を得るために主に使っています。普段の読書量で言うと、英語が4割、古典ヘブライ語が3割、ロシア語が2割、イディッシュ語が1割になります。英語で読んでいるもののおそらく1割程度は日本語訳でも読めるはずです。他の3つの言語で読んでいるもののほとんどすべては日本語訳はありません。

私が日本にお伝えしようとしているユダヤ流人生の知恵の土台となっていて、大学を早期辞職してからエルサレムの専門の学校で3年間体系的に学んだハシディズムの教えと実践をまとめた本のうち、特に日本語だけを読まれる方たちのためにと思って、2025年1月からハシディズムの古典をヘブライ語とイディッシュ語の原典から日本語に訳し続けています。皮肉にも、この翻訳代を月給として出してくれているのが、早期辞職したイスラエルの大学です。これがもう少しで訳し終わり、商業出版がかなえば、次に訳したいと考えているハシディズムの古典がもうあります。これは人生で最も読み込んだ本で、最も影響を受けた本です。

PS: つながる

2026-01-02

なぜ私は言語学者をやめたのか

「肉体は本で、魂は著者で、人生は物語である。」 - ユダヤの格言

1 はじめに

私は終身在職権まで取得したイスラエルの大学を2020年9月末で早期辞職し、30年近くやっていた言語学者をやめました。その最大の理由はもうこれ以上自分自身をだまし続けることができなくなったからです。以下はその物語です。

2 多言語学習者・言語学者としての体験

私は中学生になって学び始めた英語を最初の他言語として、36歳でエルサレムの大学院を「退院」するまで、結局13の言語を学んだ計算になります。もちろん、すべてに流暢なわけではありませんし、最初からそのつもりもなかった言語が半分以上です。

これらのうち5つの言語に流暢で、これらの言語で学会発表をしたり、それに基づいて論文を書いたりしてきました。今はロシア語をこれら5つの言語と同じレベルに高めるために、母語話者の家庭教師をペースメーカーにしてずっと学習を続けています。

当時は、現代ヘブライ語とイディッシュ語とエスペラント語を研究対象にして、特に辞書学と社会言語学という言語学の分野に従事していました。イスラエルでは「退院」大学とは別の大学のヘブライ語学科で、ヘブライ語学と一般言語学を教えていました。

3 転機

その後、同業者の女性と知り合い、結婚前も結婚後も、ヘブライ語でも彼女の母語であるロシア語でもなく、イディッシュ語でやり取りを続けていました。残念ながら、この結婚生活も、そして順調に思えた言語学者としての職業生活も突然の終わりを告げることになること起こりました。

詳しい事情は省くとして、元妻から突然の離婚を切り出されたのです。様々な努力のかいもなく、結局離婚は回避できないことが分かり、今思い返せば、これで自我は大打撃を受けることになりました。しかし この大打撃をきっかけに、生まれて初めて言語を外から見つめる視点を得ることになったのです。

これによって、考える自分とは別に、それを観察する自分がいることも体感しました。そして有名な「我思う、ゆえに我在り」は世紀の迷言であることにも気づくことになりました。

4 言語の闇の側面

自我の崩壊によって引き起こされることになったこの経験と悟りを通して、言語学では絶対触れない、そしてそもそも言語学をいくらやっても見えない、言語の闇の側面が見えてきたのです。それは自我の思考という牢獄の番人としての言語の側面です。自我とは、自分だと思い込んでいる幻想の自分です。

幼児の第一言語習得において、この自我の思考という牢獄に囚われたことが決定的になる2段階があります。まずは、自分が呼ばれる名前そのものが自分だと思い込んだ時で、それから「私」といった1人称単数の人称代名詞を覚えた時です。

言語によって、無意識のレッテル貼りが始まるようになります。これは言語を持たない動物にはないことです。こうなると、レッテルを通してしか世界の現実を把握できなくなるだけでなく、自分がレッテル貼りをしていること自体に自分でも気づいていないのが、残念ながら、多くの人の現状です。

最も厄介なレッテル貼りは自分へのレッテル貼りです。これは、「本」にすぎない肉体が、そして「物語」にすぎない人生での体験、例えば名前、学歴、職歴等が自分そのもの、つまり「著者」だと錯覚してしまうことにほかなりません。「あなたは誰ですか」という問に対する多くの人の答は、いずれかの錯覚のどちらかです。

これをもっと一般化すれば、何かについて知ること、つまり言語を通した概念的理解は、何かを知ること、つまり直接体験とはまったく別物であるということにもなります。アイスクリームをいくら研究しても、アイスクリームを実際に食べなければ、アイスクリームを本当に理解したことにはならないのがこの例です。

5 言語学者をやめてから今まで

まずは、ユダヤ流人生の知恵の元となるハシディズムの教えをエルサレムで3年間体系的に学ぶ機会に恵まれました。その後、日本に移住して、この教えを伝えるオンライン私塾を始めたのが、今から2年ちょっと前です。この私塾では、自分と人生に輝きを取り戻し育むお手伝いをするために、このハシディズムの教えに基づいた講座とコーチングを日本語で提供しています。これは人生の使命を果たすための方法のひとつと捉えています。

ただ、かつての私自身がそうであったように、多くの人にとって、自分が知らないということ自体知らない知恵であるため、それを学ぶ必要性を中々実感してもらえないのが現状です。でもこれからのいくつかの経験から、本当にやる価値があることは、そう簡単には軌道には乗らないことも分かっているので、この試練はさほど苦にならないだけでなく、自分が意味のあることをやっているかもしれないという励ましにすらなります。

6 おわりに

以上、言語学者ではなく、本当の著者が自ら語る物語でした。(笑)ただし、物語はまだ続いています。その後、自分でも信じられないようなある大きな「地殻変動」が起こりました。大学を早期辞職して以来、今思えばおそらくずっと抱き続けてきた経済的不安からの解放です。しかも、そのための「鍵」は眼の前にずっとあったのに、気づかないでいたことに、あるいくつもの「偶然」の連鎖のおかげで突然気づくことになったのです。

最後に、言語の役割について。これまでは言語に使われてきたのが、言語を本当の意味で使うようになりました。特に私がエルサレムで体系的に学んだハバド派ハシディズムでは、言語を超越するために言語を使うという教えと実践にふれることができたのは本当に幸運でした。これは今でも私の大切な財産です。この投稿ではこの財産を皆さんの前で実際に惜しみなく使ってみました。(笑)

PS: ユダヤの寓話

ある貧しい男が自分の家族を支えようともがいてたところ、宝石に溢れた国が遠くにあることをある日耳にしました。そうこうしているうちに、そこに向けて近々出航する船があり、船には彼が乗れる空きがたまたまあることが分かりました。しかしひとつ問題がありました。それは、船は長期間戻って来ず、したがってその国には長期間滞在しなければいけないということでした。結局、妻の許可を得て、自分の家族を支えるための宝石をこの国から携えてくるべく、旅に出ることを決意しました。

この遠い国に着いてみると、たしかに至る所が宝石で溢れていました。急いで宝石を自分のポケットやかばんに詰めると、自分は金持ちになったと思い込み、自分の国に戻ったらこれで家族を支えられると喜んでいました。

しかしこの国では宝石は無価値であるということにほどなくして気付くことになりました。宝石はどこにもありすぎて、誰も何とも思っていないのです。どこの店でも代金の支払いに宝石を受け取ってくれるところはありません。代わりに、この国の通貨はろうそくでした。ろうそくは手に入れるのが難しく、皆から珍重されていたのです。誰もがろうそくをためるのに必死になっていました。所有するろうそくの数で富と権力が測られていたのです。

この男がろうそくの必要性を理解するのに長くはかかりませんでした。一生懸命働いて、ろうそくを出来るだけたくさん集めようとしました。ほどなくして、彼はたくさんのろうそくを集めます。自分のポケットとかばんに詰めていた宝石を取り出し、そこにろうそくを詰めます。この新しい国で彼は豊かで有名な「成功者」になったのです。

時が経ちます。妻と家族の元に戻る日がやって来ました。船が出航しようとしています。男はできるだけたくさんのろうそくを詰め、自慢気に乗船します。

家に戻ると、妻が暖かく迎えてくれました。携えてきた宝を見せてくれと言われると、男は自慢気にポケットとかばんを開けました。そこから出てきたのはろうそくの山でした。

ここで、男は自分がひどい間違いをしでかしてしまったことに気付きました。この遠い国に着いた時は、自分は宝石を集めるためにやって来たことを知っていました。しかしまもなく自分の使命を忘れてしまったのです。その国の人たちの影響を受けて、ろうそくを珍重し、宝石は無視するようになってしまっていました。自分の当初の目的はすっかり忘れ、ろうそくを集めれば成功者になれるとばかり思うようになってしまっていました。代わりに、彼は自分の国ではほとんど無価値なろうそくを携えて戻ってきたのです。

PS: つながる