当時は最悪の選択にしか思えなかった、エルサレムを離れることも意味するある選択だけはどうしても避けたいと思って、今思い返せば悪あがきにしか思えないようなことを続けていました。何をやってもうまく行きませんでした。
これが根本的に変わったのは、流れに逆う代わり、流れに身を任せようと思ってからです。今からちょうど1ヶ月前のことです。それ以来すべてが不思議なほど滑らかです。
何かに屈したという思いはありません。大いなる何かに導かれているということを深く感じます。これに伴って、人生でこれまで1度も経験したこともないような心の静寂も以来感じています。
長年住み、まさか離れることになるとは夢にも思わなかったエルサレムを離れるのは感情的にはとてもつらいですが、もっと深いレベルでは、自分の成長のためそして社会貢献のための大きな可能も感じます。
今のこの感じを例えて言うならば、これまで独立した存在とばかり信じ込まされ、自分でも信じ切っていた波が、自分は大きな海の一部であると悟ったようなものです。独立した存在としての波は、個人自我と集団自我を含む自我の幻想にすぎません。
この幻想から目を覚まし、大いなる何かに身を任せるとは、自我のちっぽけな力 (force) に頼ってあくせくする代わりに、宇宙の叡智という壮大な力 (power) に後押ししてもらっていることも意味するはずです。すべてが信じられないほど滑らかに流れていくように感じるのも無理のないことでしょう。