2023-09-22

今を生き、「真空保存」する

イスラエルを離れるのが来週水曜日と、エルサレムでの生活の終わりが近づくにつれて、自分の中である大きな変化が起こるようになりました。これまで色々と学び、少なくとも頭では理解できたものの、実生活には中々応用できないでいたことです。それは今を生きるということです。

とても不思議なそして素晴らしい感覚です。英語では人間を指すのに human being という表現がありますが、ほとんどの人間は human being というよりも human doing になってしまっています。つまり、私たちの本質である存在が行動によって乗っ取られてしまったようなものです。

例えて言えば、行動とは海の表面の波のようなものであって、水面下にある静寂が本質としての存在になるでしょう。つまり今を生きるというのは、海の表面の波から海の水面下の静寂に意識が移行することも意味するはずです。少なくとも私自身はこういう意識になっています。

今を生きるということをうまく表す漢字があります。それは「念」という漢字です。これを分解すると、「心今にあり」となります。

人生で初めて今を生き始めると、特に自分の時間が限られたものである時こそ他人に与えられる最も貴重なものは、自分の時間と並んで自分の存在であることも痛感します。自分の存在を誰かに与えるとは、例えばその相手を傾聴することも意味します。

こうした意識の状態で、周囲を見渡してみると、ほとんどの人たちは今を生きていないことにあらためて気づきます。これを妨げているのは、自分の本質が行動ではなく存在であるということをすっかり忘れてしまっているせいだけでなく、思考の牢獄に囚われてしまっているからであることにもあらためて気づきます。

今を生きられないでいるという狭い文脈での思考の牢獄というのは少なくとも2つ挙げられます。1つは過去の後悔と将来への不安に囚われて今を生きられないでいるということで、もう1つは思考が自動操縦モードになっていて今を生きられないでいるということです。

思考が自動操縦モードになっているというのは、例えば、今回私がイスラエルを離れてある新天地での使命を引き受けることにしたという話をこちらですると、ほとんど皆が最後に「成功」を条件反射的に願ってくれます。もちろん、善意しかないことは分かります。成功し続けることは謙虚さを身につける機会を失うといういう意味で人生最大の挑戦であるという教えを、理解してくれそうだと思った一部の人たちには紹介しました。その後で、「成功」よりも成長を願ってほしいと告げても、実際に成長を願ってくれた後で、最後にまた条件反射的に「成功」を願ってくれる場合がよくありました。

本題の今を生きるという感覚は言葉だけでは十分に伝えることができない本当に不思議な感覚です。今を生きていてると、素晴らしい感情も瞬間瞬間に沸き起こってきます。ということで、今を生きるだけでなく、今を「真空保存」することも今試み続けています。

この試みは、ちょうど離婚騒動が始まった(そして結局避けることができないことが分かった)2017年12月から2018年2月までクライアントとしてグループで受けたユダヤ式ライフコーチングの期間中に無意識に初めてやったことです。それはある曲を何度も何度も繰り返し聴くことです。そしてしばらく経ってからこの曲を聴き直すと、当時の感情が鮮明に蘇ってくるのです。この曲は今でも時々聴き直して、初心を思い出しては自分を鼓舞しています。

そして今また同じ試みを別の曲でやっています。私がエルサレムで習った東欧ユダヤ民俗ダンスの先生があるワークショップで踊っている時のビデオをMP3に変換して何度も何度も聴き直しています。このダンスで使われているのはクレズメル音楽の有名な曲です。ご参考までに、このダンスのビデオとMP3への変換無料オンラインサービスへのリンクをここに張っておきます。