過去と未来は人間の頭の中にしか、つまり思考としてしか存在しないと言われたら、皆さんはどう反応されますか。そんな馬鹿なと思われる方も少なくないかもしれません。実際はどうかと言うと、直接体験できる実体としては、今という瞬間しか存在しないのです。そして過去と未来のことを考えるということ自体今という瞬間にしかできないことです。
しかし考えることと本当に生きることとは全く別物です。特に、過去を後悔ばかりしたり、将来の心配ばかりしていると、唯一の実体である今を生きることが犠牲になってしまいます。このような生き方を続けていれば、自分の思考という一種の牢獄の中で一生を過ごすことになってしまうということは、想像に難くないでしょう。
過去の後悔と将来の心配と並んで、今を生きることへの最大の障害となっていることとして、自分に今起きていること、特に自分の思い通りにならない場合に、抵抗することが挙げられます。
自分が欲しているものすべてが、自分、特に霊的成長のために必ずしも必要とは限りませんし、自分が欲しているものが手に入らないことこそが成長のためには良いという場合も少なくありません。
自分、より正確には自我が欲しているものを手にすることはありませんが、霊的成長のために必要なものは完全なタイミングで経験するようにできています。そしてこうした経験は自我の狭い思考では想像もつかないようなもの、想像を遥かに上回るようなものであることも少なくありません。ただし、どんな体験が用意されているかを自我が事前に知ることはできません。
自我の欲求がすぐに叶わないからと、自分に今起きていることに抵抗することは、自分に本当に必要なものが届けられるチャンネルをゴミで塞いでしまっているようなものです。
こうした抵抗を止めて、自我の欲求のことを考えること自体止めた時に、想像を遥かに上回るものが届けられるという経験を私生活でも仕事でもこれまで何度かしたことがあります。
ただ、仮にここまでの話に少なくとも頭では納得したとしては、実践、つまり今に対する抵抗を止めることは簡単ではありません。かく言う私自身、あることに強い抵抗を続けていることに今週あらためてはっきりと気づきました。
今を生きることへの最大の障害(のひとつ)であるこの抵抗自体にまずは抵抗しないことが、この抵抗を止める第一歩になりそうです。