2024-03-08

人が誰かにあげることができる最高の贈り物(のひとつ)

皆さんはご自身が、誕生日とかといった特別な日だけではなく普段の生活で、誰かにあげることができる最高の贈り物は何だと思われますか。

全く思いも寄らない文脈でこのひとつだと思われるものに気づかされることになりました。24年間住んだエルサレムを2023年9月末に去るまでの大半となる19年間を過ごしたアパートの隣の建物に住む高齢の女性が1人寂しそうに建物の前のベンチに座っているのを見た時でした。

何かと思って、ベンチの隣に座って、どうしたのかと聞いたところ、末期ガンを宣告されたと言って、すすり泣き始めたのです。言葉の無力さを痛感しました。励まそうと思ってどんな言葉をかけても、本人にはおそらく虚しく響くだけだろうと思ったのです。

直感的にしたのは、彼女を優しく抱きしめてあげることでした。すすり泣きと共に伝わってくる体のわずかな震えを受け止めるだけという状態を無言のまましばらく続けていました。

ここで突然悟りました。人が誰かにあげることができる最高の贈り物(のひとつ)とは存在、つまり一緒にいてあげることであると。ここに言葉はいらないだけでなく、場合によっては言葉は邪魔にすらなります。

19年間もずっと隣に住んでいて、たまに通りですれ違った時に簡単な挨拶を交わすだけの仲だったのが、ベンチでの無言のこの数分間で、最も深い所、つまり魂と魂がつながったように感じました。

以来、エルサレムで残された2ヶ月間はこのお隣さんのところに行っては、ただ一緒にいてあげるということを毎週3回続けています。今でも日本から毎週1回電話をかけて話をしていますが、同じ空間を共有するのとは雲泥の差があります。

その後2023年10月からは42年半ぶりに母と同居することになりました。こちらに移り住んで始めた「ユダヤ流人生の知恵」という私塾だけで十分な収入源を確保できる段階にはまだ至っていないので、年金生活の母を経済的にも援助できる段階にもまだ至っていません。

今できるのは一緒にいるということだけです。そして私にとっては最高の贈り物と思えるこれをこれからも毎日届け続けていきます。

PS: つながる