他のスピリチュアリティーの教えと同じように、ユダヤの教えでも苦痛(pain)と苦難(suffering)は区別されています。前者は病気や事故などによってもたらされ、避けることができない痛みを指すのに対して、後者はこの痛みについて考えてしまうことでもたらされ、避けることができる苦しみを指します。
禅の有名な例え話に「2本の矢」というものがあります。1本目の矢は誰かに射られて自分の体に刺さってしまったものです。この際に感じるものが苦痛であり、避けることができません。これに対して、この苦痛について考えてしまうことが架空の2本目の矢となって思考に刺さり、これによって苦痛をかんがえてしまうことでもたらされるのが苦痛です。この2本目の矢もそれに伴う苦難も、訓練次第でなくすことができます。
この訓練の有名なもののひとつとして、マインドフルネスストレス低減法が挙げられます。ハシディズムの説話には、手術中に麻酔をかけられるを拒み、意思の力で苦難どころか苦痛すら感じないようにしたという賢者が出てくるものがあります。