2026-06-26

ハシディズムが教える人生の知恵 その4 自己実現

「自己実現」という表現があり、これを謳い文句にした自助論の本も色々出ています。皆さんもこうした本を読まれたことがあるかもしれません。

こうした本の多くで語られている自己実現とは、自分の願いを叶えることになろうかと思います。そしてここで言う「自分」とは、これまでの連載で使った言葉をまた使えば、幻想の自分(=自我)ということになります。自我の願いは、本当の自分(=魂)に必要なことであるとは限らないことを考えれば、自我の願いを叶えるという意味での自己実現は問題をはらむということにもなります。

自己実現を目指すのはよくないことになってしまうように思われますが、ここで言う「自己」を幻想の自分ではなく本当の自分を指すものと再解釈すれば、自己実現は問題をはらまないだけでなく、目指すべき目標ということにもなります。

それでは、本当の自分に必要なことを叶えるという意味での自己実現とは具体的には何を指すことになるのでしょうか。それは、本当の自分に必要なこととは相反する自我の願いを突き止め、それをできるだけ手放すようにすることです。

こうすることで、本当の意味での自己実現を邪魔している障害物が取り払われて、自然に自己実現につながるということになります。つまり「足し算」によってではなく、「引き算」によってという、普通の直感に反する方法です。

さらにそれでは、本当の自分に必要なこととは相反する自我の願いはどうやって突き止めたらいいのでしょうか。この問に直接答える代わりに、本当の自分に必要なこととは相反しない自我の願いとは何かの代表例を紹介しておきます。それは肉体の維持に必要は肉体の要求を叶えることです。つまり肉体とその要求がすべて悪というわけではないのです。

ただし、本当の自分に必要なこととは相反する自我の願いからくる肉体の要求は色々あります。その代表例はアルコールや薬物の渇望です。

PS: つながる

2026-06-12

ハシディズムが教える人生の知恵 その3 頭では分かっていても、気持ちがついて来ない時にはどうするか

前回は知性で感情をコントロールするというお話をしました。皆さんもおそらくもう経験済みの通り、頭では分かっていても、気持ちがついて来ない時が往々にしてあります。そして皮肉にも、頭で理解し、実行しようと思っていることが、崇高なものであれば、この葛藤は生じることがよくあります。

では、一体なぜこうなるのでしょうか。本質的には、知性は魂と、感情は自我とそれぞれより密接に結びついているからです。そしてさらには、魂よりも自我の方が肉体とより密接に結びついているため、感情は肉体の誘惑により弱いということになるのです。

ではさらに、頭では分かったことを気持ちにもついて来てもらい、行動に結びつけるためにはどうしたらいいのでしょうか。効果的なのは、肉体の誘惑にかられて感情をコントロールしようとしている自我を直接攻撃する代わりに、自我を言ってみれば飼い慣らすのです。

例えば、これまでご紹介したハシディズムの寓話は自我を飼い慣らすためのとても効果的な方法のひとつです。なぜ効果的かと言うと、これによって飼い慣らされようとしていることに自我は気づかないからです。言ってみれば、カエルを冷たい水から少しずつ茹で上げるようなものです。

そして避けられないであろう自我の抵抗に会ったら、それは魂にとってはいいことをしているのだと捉え直すこともできます。なぜかと言えば、自我は自分の生存が脅かされていると感じるため抵抗しているからです。

PS: つながる

2026-06-05

ハシディズムが教える人生の知恵 その2 知性と感情

皆さんはどんな場面で知性と感情が対立するのを感じられることがありますか。例えば、人生における意思決定において、それがその後の人生を大きく左右するものであれ、普段の生活で日々遭遇する「些細」なものであれ、一般に知性と感情のどちらの声に従われますか。

意思決定以外の場面では、感情に従った方がいいことも確かに色々ありますが、こと意思決定に関する限り、知性に従った方がいいというのがこの連載でご紹介している一連の教えの元になっている古典の教えです。分かり易い言葉で言えば、感情的な状態ではなく、冷静な状態で物事を決めるのが望ましいということです。

当たり前といえば当たり前のことのようにも思われますが、実行となるとそれほど簡単ではありません。カッとなったりといった一時の激しい否定的感情のままに物事を決めてしまって、後で後悔してしまったという経験は皆さん誰でもおそらくお持ちなはずです。

それでは一体どうしたら、感情に流される代わりに、知性に従って物事を決められるようになるのでしょうか。一言で言えば、特に意思決定の際には知性が感情をコントロールできるように日頃からしておくことです。

普段の生活でも知性が感情にコントロールされている場合は少なくありません。例えば、健康のために毎朝走ろうと決めたとしますね。ところが、決めた翌朝になっていざ走り始めようとすると、さっそく感情が邪魔をしてきます。そして知性はというと、この感情を正当化するために使われるのです。この例の場合であれば、「まあ、今日は怠けてもいいか。明日から走り始めればいいではないか。」といった具合にです。

さらにそれでは一体どうしたら、知性が感情をコントロールできるようになるのでしょうか。これに関しては、ヒントになるはずのようなこともこれから少しずつご紹介していければと思っています。

PS: つながる