2つの相対する方向・世界に同時に引かれるという経験は皆さんもお持ちでしょう。物質的なものから自分を切り離して、霊的なものに自分を委ねたいと願と、これとは逆に、霊的なものから自分を切り離して、物質的なものに自分を委ねたいという願いとが、同時に交錯するのです。例えば、自分を霊的に高めたいと思って、祈っている最中に限って、全く別世界の思考が割り込んできます。
他の多くのスピリチュアリティの教えと同じように、ハシディズムの教えでも、2つの自分というものを分けています。他の教えでは「幻想の自分」や「自我」と呼ばれているものはハシディズムの教えでは「動物的心」と、「本当の自分」や「魂」と呼ばれているものは「神的心」と呼ばれています。
両者はあるものの支配を巡って、常に戦いを続けています。このあるものとは肉体です。分かりやすい例えを使えば、人生とは肉体と自我という重しの助けを借りて魂が行う筋トレだと言うこともできます。
一部のスピリチュアリティの教えにあるように、自我をなくすという教えはハシディズムにはありませんし、そもそも自我はなくそうと思ってなくせるものではありません。それに、自我には肉体を維持するためには魂には果たせない大切な役割もあります。この代わりに、肉体を巡る支配権を自我に渡さないようにするのです。
ただ、自我の方もそうやすやすとこの支配権を魂に渡してはくれません。例えば、祈りの最中に限って雑念が邪魔してくるのは、自我が生き残りをかけて必死の抵抗をしているところなのです。したがって、これは祈りを通して魂による支配権を高める、あるいは維持するという試みが上手く行っている証拠です。
一生続く自我とのこの絶え間ない戦いに、魂は毎瞬毎瞬勝ち続ける必要があります。勝つための様々な方法は、効果はすぐ出るものの長続きしない「短くて長い道」と、効果は中々出てこないものの長続きする「長くて短い道」に大別できます。今後30回続くこの連載では、こうした様々な方法、あるいはその助けになることを毎回一口サイズでご紹介していきます。